東大寺の七不思議は‥‥六不思議❓
寺社には古来、七不思議と呼ばれる逸話が伝わっている例が散見されるが、実際には7つ以上あったり、7つ無かったりする例もある。
東大寺にも古来、七不思議と呼ばれるものが伝わっており、現在の有名なところを挙げると下記の6つ伝わってい…申す。ギャヒャっ
東大寺の七不思議【その1】「大仏殿の柱の穴くぐり」
奈良東大寺といえば、修学旅行で訪れる場所として、有名です。
そして、これを読んでいるあなたも、修学旅行や遠足で挑戦した覚えがあるのではないでしょうか。
大仏殿の「柱くぐり」は、クグると「いいことがある」「頭がよくなる」「厄除けになる」など、色々なご利益の噂があります。
穴は大仏様の鼻の穴の大きさと同じで、これをクグることで、大仏様の大きさを体験できるとも云われております。
しかし、最初から観光客を楽しませるために空いている穴ではありません。
何かしらの理由があって空けられている穴になります。
それではなぜ、大仏殿の柱にしかも1本だけに、穴が空いているのか?
その理由とは「この柱のある北東は鬼門なので、柱の穴から邪気が逃げるようにしてある」とこのとです。
つまり、私たちは、その「邪気」と一緒に、穴を通り抜けていることになるのでしょうか。イヤ~んバカ~ん♥チュッ
ただ、この穴の起源は不明であるそうです。
大仏殿の柱の穴をくぐる話は、江戸時代の「東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)」にも登場しますが、これは東大寺ではなく京都の「方広寺」になります。
ただし、現在の方広寺には柱はありません。1973年(昭和48年)にかつて存在した大仏殿(豊臣秀吉建立)が焼失しています。
ただ、それくらい以前からあった発想だったということは察することができます。
尚、「大仏様の鼻の穴となぜ、同じサイズ穴が柱にも空いているのか?」については、当サイトの別記事にて、ご案内をしていますので、ソチラの記事をご覧になってください。↓
東大寺の七不思議【その2】「大仏様の足元(花瓶)には”足が8本の蝶”」がいる??
大仏様の前には、左右に、大きな花瓶に生けられた蓮の造形があります。
その花瓶には蝶がとまっているのですが、実際の蝶とは違う点が、とても大きいということ以外にもあるのです。お分かりになりますか?
答えは「脚の数」。
蝶は昆虫ですから脚は6本のはずですが、この蝶たちは8本あるのです。
どうしてなのかはっきりはわかりませんが、以下のような理由が述べられています。
「天上の生き物は地上の物とは形が違う」
「神格化するため普通の蝶と違った方がいい(ヤタガラスの足が3本であるように)」
「東大寺再建の時に、平家供養のためその家紋を真似て作られた」
「単なる間違いだ」とか
あなたはどう思ぅ?
東大寺の七不思議【その3】「大仏殿の屋根に据えられた謎の金の”角”」
世界最大の木造建築である東大寺大仏殿。
現存するものは三代目で、創建当初より小さいということですが、それでもその大きさと堂々とした姿は圧巻ですね。
ただ・・屋根についている金色の角のようなもの、シックなお堂に比べて、ちょっと派手すぎると思いませんか?
この飾り、「鴟尾(しび、とびのお)」といい、奈良時代に中国から伝わった飾りです。
名前は「鴟」ですが、「鯱(しゃち)」という、インドの空想上の魚の形で表されることがほとんどです。
鯱は水を自在に操ることができると云われ、つまり鯱を飾る(祀る)ことで「火避けの願掛け」にしたと言われています。
【補足】東大寺大仏殿の鴟尾(角)が金ピカの理由
これはどうやら、創建当初のものを模しているわけではなく、江戸時代に再建した際に、元の「鳥衾(とりぶすま)瓦」から変えたものだそうです。
このような鳥衾瓦を変えたのは奈良・唐招提寺(とうしょうだいじ)のものを参考にしたとも言われています。
さらにその後も金箔が押し直されている(修繕)ので、”ピカピカ”。我の後のド頭も~ぉ、ピカ、ピカ、ピカ、ピカ、ピぃ~カぁ~♪(そろそろ)
大仏様も元々は金色だったハズなので、今やそれを偲ぶ(しのぶ)ための存在ともなっています。
ちなみに東大寺大仏殿脇には、もう一つ”金ピカ”のものがあります。
なんだかお分かりになりますか?
それが‥‥コレ↓
東大寺の七不思議【その4】「幻の”東大寺・七重塔”と”巨大な塔(相輪)”」の謎
東大寺大仏殿脇には、金ピカの塔が建っています。
この塔は高さ23.3mもあります。
いったい、何処の塔のことを言っているのか、お分かりになりますか?
ただし!これは塔ではなく「相輪(そうりん)」と呼ばれるものです。
つまり相輪なので塔ではなく、もともとは何かの屋根の上にくっ付いていたものです。
しかし、相輪にしてもこの大きさは異常です。
ちなみにこの相輪の大きさ(高さ)は現在の島根県出雲大社の本殿と同じくらいの大きさになります。
実はこの相輪・・、なんと!東大寺の創建当初、かつて東西に存在したとされる「七重の塔」の相輪になるそうです。どっ、ドっヒャ~!どエラぃこっちゃで。おまんニャわ
この相輪は1970年(昭和45年)の万国博覧会で復元された後、東大寺に寄進されたものになります。
東大寺の「七重の塔」は、平安時代から存在し鎌倉時代に編纂された東大寺に伝わる「東大寺縁起」にも描かれています。
その高さは優に100mを超える高さだったとも言われているので・・この相輪の大きさも納得です。
今はもう立派な塔を両脇にドッシリと構えた東大寺の荘厳たる姿が見られないのが、残念です。
尚、現在の東大寺では平安期の伽藍の復元を目指しています。
つまり、七重塔の復活です。
いつ再建が成されるかは分かりませんが楽しみです。
東大寺の七不思議【その5】「大仏殿の大仏さんの脇侍が通例とは異なる」
通例であれば大仏さん(盧舎那仏)の脇侍には「文殊菩薩」と「普賢菩薩」が配されるのですが、この東大寺大仏殿の大仏さんの脇侍にかぎっては「如意輪観音像」と「虚空蔵菩薩像」が脇侍として安置されています。
この謎は現在至っても解明されることなく、東大寺の七不思議にも数えられるようです。
さらにその上、この像には寄進者が別に存在するようで、一説では大和国にかつて存在した国分寺在籍の謎の尼僧2人が寄進したとのことです。
東大寺の七不思議【その5】「金剛力士像の配置が真逆」
あまりじっくりと見ることはないと思われますが、おおむねお寺の山門には「仁王像(金剛力士像)」、通称「仁王さん」が門の左右に安置されています。
通例では、「向かって左側に”吽形の仁王像”」、「向かって右側に”阿形の仁王像”」が置かれます。
しかし、こと、この東大寺に限っては、「法華堂に安置される金剛力士像」、「南大門の仁王像(金剛力士像)」共に、ぬぅあんとぉぅっ!逆の位置に置かれています。
片方だけであれば、七不思議とまで呼ばれることはなかったのかも知れませんが、「門」と「堂舎」に安置される双方の仁王像の配置が異なるとあれば、これはまさに七不思議と言わざるを得ません。
関連記事:東大寺 南大門の金剛力士像(仁王像)【国宝】
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