【国宝】東大寺(俊乗堂)・重源上人坐像(俊乗上人坐像)の年代(歴史)や造立方法・作者を‥‥‥知りたぃ?

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奈良 東大寺(俊乗堂)・重源上人坐像(俊乗上人坐像)【国宝】

奈良 東大寺・俊乗上人坐像【国宝】

造立年

  • 不明
  • 推定:1200年代初頭※鎌倉時代
像高

  • 81.8cm
造立方法

  • 寄木造
材質

  • (ヒノキ)
作者

  • 不明
  • 推定:慶派仏師
安置場所

  • 東大寺・俊乗堂

「俊乗上人」とは?

俊乗上人の読み方は「しゅんじょうしょうにん」と読みます。

俊乗上人とは、鎌倉時代に東大寺復興の責任者である大勧進を務めた、「俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)」のことです。

俊乗上人は1133年、12歳の時に京都の醍醐寺で出家しました。

その後、浄土宗の開祖である法然の下で学び、日本の各地で修業し、中国に3回も渡ったと云われています。

1180年の平重衡の焼き討ちで大仏殿を始め多くの建物を焼失した東大寺を再建・復興するため、大勧進になったのは、61歳の時でした。

調査によると、鎌倉時代の平均寿命は、ある地域では24歳だそうですから、子どもの間に死ななくても、50歳、60歳を迎えるのは大変だった時代です。

61歳で長期プロジェクトのトップに任命された俊乗上人は、よほど丈夫だったのでしょう。

俊乗上人坐像の特徴・見どころ

目の周りのくぼみ、皮膚のたるみなどが美化されずに表されており、1206年に86歳で亡くなった重源の晩年の姿を忠実に描写したものと考えられます。

目は平安後期〜鎌倉前期以前の特徴とも言える彫眼(ちょうがん)で造形され、痩せこけて、筋が張った手には数珠を持っています。

もっともな見どころとなるのが、首を前方に傾けて前のめりになってきている老体の姿勢を見事に表現しているところです。このような写実性溢れる造形は鎌倉時代以降の仏像を示す大きな特徴でもあります。

作者として運慶や快慶の名前を挙げる研究者もいますが、今のところ正確にはわかっていません。しかし卓越した腕をもった仏師であることには間違いありません。

ただ、鎌倉時代に編纂された「元亨釈書(げんこうしゃくしょ)」の記述には、「重源没した後、その遺像を寺に置く」との記述が見つかっており、この記述を事実として捉えた場合、重源上人の没後、すぐに造立された像であると位置づけることができます。

俊乗堂には他にも、いずれも重要文化財の「愛染明王坐像」「阿弥陀如来立像」が安置されており、これらも1年に2回のみのお披露目となっています。

俊乗上人坐像の公開日・拝観料金

俊乗上人坐像は、いつでも公開はされていません。「俊乗忌」がある7月5日と、開山忌の12月16日のみ公開され、拝観料金は7月5日と12月16日と共に500円(2019年度より600円)です。

詳細は以下の別ページにてご紹介しています。

 奈良・東大寺の「仏像(秘仏)」特別一般公開(御開帳)の日程と時間・拝観料金・一覧

東大寺・俊乗堂の場所と行き方

東大寺・俊乗堂は大仏殿から二月堂に至るまでの道中「猫坂」を通った先に位置し、付近に鐘楼があります。

↑俊乗堂の場所と地図

大仏殿から徒歩約3分から5分程度です。

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