意外な由来があった!奈良 東大寺 二月堂・修二会(お水取り)の「歴史・見どころ・お香水の秘密」

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意外な由来があった!奈良 東大寺 二月堂・修二会(お水取り)の「歴史・見どころ・お香水の秘密」

東大寺の修二会は、当初、「旧暦2月1日から15日まで」でしたが、今では「新暦3月1日から14日(15日未明)まで」行われています。

法会は期間中、毎日続きます。

しかし、特別な内容になる日や時間もあるので、見に行く場合は予習しておきましょう。

以下では修二会の歴史を混じえた見どころや、お水取りで使用される”お香水の秘密ゅっ”についてご紹介しています。

「修二会(お水取り)」の見どころ

修二会の混雑状況や日程に関しては以下の別ページにてご紹介しています。

 奈良 東大寺・二月堂の修二会(お水取り・お松明)の「混雑状況(待ち時間)・交通規制・服装」など

 東大寺・二月堂 お水取り(修二会)の「日程・見学場所(所要時間)・内陣参拝の申し込み方法」など

東大寺・二月堂の「お水取り(修二会)」って何?「修二会の歴史」

東大寺(二月堂)の「お水取り」って何?

「お水取り」は東大寺で行われる仏教の法会の一つ、「修二会(しゅにえ)」の通称です。

仏教発祥の地インドでは2月が新年となり、それに倣い、東大寺の修二会も旧暦2月に行われることから、この名前がついています。

もしくは二月堂を創建した実忠(東大寺初代住職の弟子)が十一面観音を本尊に据え、二月に悔過法要を勤修したことから、”2月に修する法会”として「修二会」、その修二会が毎年2月に執り行われることから「2月堂」と呼ばれるようになったと云われます。ウフ

仏教には「修正会(しゅしょうえ)」という法要が年初に執り行われますが、この修正会と併せて修二会が今日に至るまで伝えられています。

ちなみに修正会とは、国家や一家の安泰、豊作の祈願や無病息災・延命長寿を祈願する法要となります。

修二会は752年(天平勝宝4年/奈良時代)の2月1日から14日間の日程で、ここ東大寺・二月堂で初めて営まれました。

修二会は本来は旧暦2月に執り行われてきた「悔過法要(けかほうよう)」に基づいて行われています。

修二会が行われる場所(メイン会場)

修二会が行われるメイン会場は、この「二月堂」と二月堂の下に位置する「閼伽井屋(あかいや)」「参籠宿所(さんろうしゅくしょ)」「開山堂(かいざんどう)」になります。

他に、参観する上で修二会とはあまり関係ありませんが「戒壇院の庫裡」も修二会の準備に使用され、東大寺は1年でもっとも忙しい時期を迎えます。

閼伽井屋

閼伽井屋の井戸とは、若狭の小浜市にある「鵜の瀬」に通じていると言われる井戸です。

「鵜の瀬」には「若狭井(わかさい)」と呼称される井戸水が湧いており、この水が地下を通って東大寺「閼伽井屋」まで流れつき、「お香水」として修二会で使用されます。

若狭から流れ着いた井戸水が最初に発見された時、ちょうど「2羽の鵜」が留まって飛び去ったところから井戸水が湧き出たという摩訶不思議な故事になぞらえて、現在でも「閼伽井屋」の屋根には「鵜の鬼瓦」が飾られています。

戒壇院・庫裡

後述する練行衆と呼称される修二会の儀式の執り行う僧侶たちは、修二会の約2週間前からこの戒壇院の庫裡に入って生活します。

修二会とは東大寺を代表する法要であり、奈良時代から続く神聖で重要な行事ということもあり、一切の俗界の穢れを断ち切らなければならないので、身体の内側まで清めるために、約2週間もの間、この戒壇堂の庫裡で清浄で慎ましい生活を送るのです。

食事は1日に2回(1回はオマケ)、入浴は湯屋で沐浴(もくよく)を行い、言動にすら気を使い自らを戒めます。

参籠宿所(一般参観者は見学不可)

「参籠宿所」とは二月堂の舞台の真下にある建物です。

2月末日になると、いよいよ本番に備えて、参籠宿所に練行衆が入ったのを見届けた後、参籠宿所出入り口や閼伽井屋などに結界を張ります。

紐のようなものを架け渡すことによって結界を張ってあるので、ぜひ注目してみてください。

この結界により、邪気の侵入を退け、同時に様々な神々の降臨を促します。

これ以後、参籠宿所より二月堂の本堂は完全に結界で守られた状態になり、練行衆は修二会の期間中、この参籠宿所で生活することになります。

開山堂


「開山堂」とは、東大寺を開山した「良弁僧正」がお祀りされている堂舎です。

修二会が終了した後の3月15日に、修二会が無事に終了したことのご報告を良弁僧正へ行います。

ちょうどこの日は後述する練行衆(れんぎょうしゅう)が参籠宿所から出て俗界に戻る日でもあり、通称「宿所祓い」を執り行う日でもあります。

この日は修二会に参加した「練行衆」や、練行衆の世話役をした「童子」も一堂に会し、お祈りと共にご報告をこの開山堂の前で行います。

 

開山堂についての詳細は当サイトの以下の別ページにてご紹介しております。

 奈良 東大寺(開山堂)・良弁僧正坐像【国宝】

練行衆

東大寺・二月堂の修二会は「練行衆(れんぎょうしゅう)」と呼ばれる、選ばれた東大寺の寺僧11人によって執り行われます。

練行衆に選ばれると2月20日から「別火(べっか)」と呼ばれる潔斎(けっさい/身を清めること)の前行が開始されます。

別火を行う場所は「別火坊(戒壇院の庫裡/くり)」であり、全身を清浄にするために「潔斎(けっさい)」に入ります。潔斎とは、食事や行動を慎しんだ生活を行うという意味です。

食事は1日2食で夜は茶粥のみです。言動をも慎みます。身体を清める時は湯屋にて沐浴(もくよく)を行います。

初めて修二会に出る寺僧を「新入(しんいり)」と呼び、2月15日から修二会における所作などを練習する目的で、先立って潔斎に入ります。

かつて修二会が開始された直後は、練行衆がもっとたくさんいたそうですが、現在では11人になっています。

また以前は、14日の内、前7日間と後7日間とで練行衆が代わっていたようです。

ただ、現在でも受け継がれていることもあります。

例えば、前7日間では「大観音」を本尊として法要を行い、後7日間は大観音の背面の小観音を前面に出して本尊として法要を行う流れは、昔から変わっていません。

練行衆には役割があり、大導師(だいどうし)がその年の練行衆を総括する隊長で、和上(わじょう)、咒師(しゅし)、堂司(どうつかさ)が中心となって修二会における重要な役割を分担して執り行います。

これらの4人は修二会における重要な役を担うことから、「四職(ししき)」と呼称されます。

ちなみに、四職以外を「平衆(ひらしゅう)」と呼びます。

東大寺・二月堂「修二会」の見どころ

「大中臣祓」

「大中臣祓」は「おおなかとみのはらい」と読みます。

正式には、大中臣祓の開始をもって、東大寺・二月堂「修二会」が開始されます。

大中臣祓は二月末日の18時頃から開始される法要であり、神事でもあります。

練行衆(れんぎょうしゅう)が明日本番の修二会を前にして、身体全身を清めるための儀式です。

食堂の前に練行衆が整列し、修法が行われます。その後に祝詞(のりと)があげられます。

「悔過作法」

すでに上述しておりますが、悔過作法は二月堂で1日6回行われる儀式です。別名で「六時の行法」とも呼ばれます。
各回それぞれ違った内容を唱え、所作にも決まりがあります。

6回の悔過作法の名称は、以下の通りです。

  • 「日中(にっちゅう)」
  • 「日没(にちもつ)」
  • 「初夜(しょや)」
  • 「半夜(はんや)」
  • 「後夜(ごや)」
  • 「晨朝(じんじょう)」

修二会の期間中は合計で84回もの悔過作法が営まれます。

「お松明」

松明を二月堂の舞台で振り回す「お松明」は、期間中毎晩行われます松明を二月堂の上堂(舞台)で振り回したり、童子が重さ75kg、直径70cm、高さ8mもの大きさの「籠松明(かごたいまつ)」と呼ばれる松明11本を持って舞台を走ったりします。

尚、このお松明は修二会の一番の見所でもあります。

お松明は修二会の期間中毎晩行われますが、最大のクライマックスは籠松明が登場する、3月12日のお松明です。

この松明の火の粉を浴びることで、健康や幸福が訪れると言われています。

お松明の日程

お松明の日程 お松明の時間(所要時間) お松明の本数
3月1日〜11日 19時〜(20分間) 10本
3月12日 19時30分〜(45分間) 11本(籠松明)
3月13日 19時〜(20分間) 10本
3月14日 18時30分〜(10分間) 10本

この中でも特に12日のお松明は「籠松明(かごたいまつ)」と呼称され、他の日のお松明より、籠のような形に造られた、ひときわ大きな松明になります。

東大寺修二会の松明は、練行衆が二月堂へ上堂するため灯りとして持つものなので、通常のお松明は1本ずつ通って行くのですが、最終日(14日)のお松明では10本の松明が短時間に連続して上がり、横並びになる場面が見られます。

籠松明の大きさ(長さ・重さ)

重さ:約75kg、直径:約70cm、高さ(長さ):約8m

普通の松明の大きさ(長さ・重さ)

重さ:約40kg、高さ(長さ):約6m〜8m

3月12日のお松明は、お水取り(修二会)のメインとなります。したがって、大混雑します。

特にココ最近は、「お松明」の燃えカスを持ち帰る人が後を立ちません。

「燃えカス」を持ち帰る理由は、「無病息災」のご利益があると言われているからです。

ただ、当日は大変な混雑となりますから、「燃えカス」を持ち帰る場合は、最前列の場所を確保しないと持ち帰ることが難しくなります。

最前列の場所を確保するには、3月12日の15時30分くらいまでに陣取る必要があります。(15時付近から序々に混雑が始まります。)

また、燃えカスを持ち帰る自体はかまいませんが、暗い中で押し合いへし合いになると危ないので、周囲には十分に注意し、誘導の係の方がいらっしゃる場合は、指示に従ってください。

東大寺修二会(お水取り・お松明)の混雑状況については、当サイトの以下のページ↓でご紹介しています。

 奈良 東大寺・二月堂の修二会(お水取り・お松明)の「混雑状況(待ち時間)・交通規制・服装」など

「過去帳の読み上げ」

修二会の中でも、シュール(非現実的)な儀式がこの過去帳の読み上げです。

非現実的とはどういうことかと言いますと、なんと!「女性の幽霊の名前が読み上げられる」からです。

例年、3月5日の22時頃、12日の22時頃には、東大寺の大仏造立に携わった人物など、1694年(元禄7年/江戸時代)まで東大寺に縁があった人物の名前が読み上げられます。

東大寺に伝わる古文書の1つ「二月堂縁起」によると、承元年代(鎌倉時代)の修二会において参籠中の2月5日の夜に僧侶・集慶(じゅうけい)が過去帳を読み上げていた際、「青い衣を羽織った女の幽霊」が現れ、こう告げたそうです。

私の名前がなぜ、過去帳にないのだ〜!!

その声の恐ろしさに、声を聞いた僧侶たちは恐れおののき腰を抜かしてしまい、その場で尻込みしてしまします。

しかし、集慶だけは動じずに読み上げを続けます。

そして女の名前を読む代わりに「青衣の女人」と過去帳に付け加える形で読み上げたそうです。

すると、スっと女は消えたそうです。

それ以後、修二会の際に女は二度と姿を見せることがなかったとのことです。

・・と、このような経緯があり、現在でも「青衣の女人」と読み上げられています。

修二会のご祈祷に申し込むと・・あなたの名前も読んでもらえます!

「過去帳」ではありませんが、東大寺の修二会の期間中、あなたの名前も読み上げてもらえます。

その方法は、ご祈祷に申し込むこと!!

この御祈祷に申し込むと、「青衣の女人」のように、あなたの名前と願い事(学業成就、家内安全など)も読み上げられ、願いが叶うようにお祈りしてもらえるということです。

さらに、ご祈祷が終わった後には、お札を送っていただけます。

修二会ご祈祷の申込方法

東大寺の公式ホームページ内にある「ご祈願お申し込み」フォームに必要事項を記入して送信します。

すると、後日、詳しい案内と郵送用の申込書が送られて来ます。

そちらの申込書に必要事項を記入して郵送すると共に、祈祷料(1口2,000円以上)を振り込んで、晴れてご祈祷の申し込みが完了となります。

詳細は送られて来る案内にありますが、申し込み期間は、例年、年明けから2月上旬までとなっています。


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「お水取り」

お水取りは、12日深夜1時に行われる、二月堂でもっとも有名な儀式です。

お松明と並んで二月堂の最大の行事と言えます。

咒師(しゅし)が上堂から下る石階段にて松明に火を灯します。

その後、水取衆と共に石階段を下り、二月堂の手前にある「悶伽井屋(あかいや)」に入り、内部にある井戸から井戸水(お香水)を組み上げます。つまり、”お水取り”を行います。

悶伽井屋に入るのは咒師と堂童子のみです。

庄駈士(しょうくし)と呼ばれる人が、汲み上げた「悶伽桶」を運び、その後、水取衆に警護されながら再び堂内に戻ります。

堂内に入堂した後、須弥壇(しゅみだん)の下(地下)にあるお香水が入った壺へお香水を注いで満タンにします。

満タンにした水(お香水)は、ご本尊である大小2尊(2つ)の十一面観音様に1年間、お供えするために使用されます。

尚、悶伽井屋内でも儀式が執り行われていますが、いっさい不明とされ、覗き見厳禁の秘儀とされています。

なんで「修二会」を「お水取り」と呼ぶの?その理由って何?

既にご説明した通り、「修二会」のことを一般的に「お水取り」と呼称しますが、正しくは、お水取りとは「修二会の中の1つの行事である”悔過作法(けかさほう)”」のことです。

故に別称で「悔過会(けかえ)」とも呼ばれます。

この行事の最中、井戸にお水を汲みに行き、その「お水(お香水)」を「十一面観音」にお供えする習わしがあるため、「お水取り」と呼ばれています。

なお、悔過会とは、昨年の罪業を反省して神仏を祀り、豊作や除災を祈願するといった神道の思想を交えた仏教流の法要のことを言います。

旧来、新年(旧暦では2月)を迎えるに際して、新たな1年間の邪気を祓うため、新年明けてはじめて汲む水を「若水(わかみず)」と言い、この若水を神仏の御前へ供えることで、除災や五穀豊穣を願いました。

修二会で使用される「お水(お香水)」の水源と「こんな秘密」

あまり知られてはいませんが、東大寺の境内へ流れるお水(お香水)はの水源は、なんと!

福井県の「若狭湾」にほど近い「若狭(福井県小浜市若狭)」だといいます。

詳しくは、若狭を流れる一級河川・「遠敷川(おにゅうがわ)」の、さらに上流に位置する「鵜の瀬(うのせ)」から湧き出た「湧水」が水源だと云われております。

東大寺では、この「鵜ノ瀬」からのお水(お香水)が流れ来る井戸を「若狭井」と呼び、毎年、修二会のお水取りの儀式で、この「若狭井」の井戸水(お香水)を汲み上げ、菩薩様の御前にお供えしています。

一方、「鵜ノ瀬」の湧水近くに建立されている「若狭神宮寺」では、東大寺へお水を送る儀式(お水送り)を行っています。

若狭神宮寺のお水送りの儀式

  • 3月2日(お水取りの10日前。=「10日後にお水が奈良へ着くということから。」)

「走りの行法」

3月5日から7日と、12日から14日の「後夜(ごや)」勤行と呼ばれる勤行の後に執り行われます。

5回目の悔過法要の前に、須弥壇の周りを回りながら行者が礼堂に出て、一人ずつ独特の所作で礼拝をする行法です。

走りの行法の日程・開始時間

  • 3月5日:(おおむね24時/深夜0時頃~)
  • 3月6日:(おおむね23時)
  • 3月7日:(おおむね23時)
  • 3月12日:(おおむね24時/深夜0時頃~)
  • 3月13日:(おおむね22時)
  • 3月14日:(おおむね22時)

走りの行法の意味と由来と「走る理由」

修二会を始めた実忠が笠置寺の龍穴に入り、天界の兜率天(とそつてん)にある「常念観音院」で天人たちが集い、十一面悔過を行っていたそうです。

天人たちから十一面悔過を教わりたいと考えますが、何せ天上界の1日とは地上界の400年に相当するので無理だということになります。

そこで少しでも期間を縮めるために走りながら行法を行なったのが、走りの行法の起源であり、催される理由になります。

「達陀(だったん)」と「だったん帽子いただかせ」

達陀

「達陀(だったん)」は3月12日から3月14日の3日間、後夜の咒師作法が終了した後に二月堂で執り行われる儀式です。

達陀の日程・開始時間

  • 3月12日:午前3時~
  • 3月13日:午前0時(深夜24時)~
  • 3月14日:23時頃~

達陀での練行衆は8人が選抜され「錫杖(しゃくじょう)」と「鈴」を手に持ち、頭には「金襴地(きんらんじ)」の帽子をかぶり、鳴り響く「法螺貝(ほらがい)」の音に呼応しながら、踊るように「香水」や「ハゼ」 という粒を床に撒き散らします。

そして、修二会で最大の大きさとなる松明を抱えた火天の役の練行衆が水天の役の練行衆と共に、内陣の須弥壇の周りを踊るようにして、礼堂(らいどう)へ向かって松明を突き出す仕草を繰り返し行います。

その後、咒師(しゅし)の「はった(発咤)」という号令と共に、火天の役の練行衆は手に持った松明を礼堂の床に激しく叩きつけます。

これを二月堂の下から観覧すると、二月堂の舞台が炎に包まれているように見え、修二会最大のを見どころを迎えます。

 達陀が始められた理由と達陀の由来と意味

ある時、実忠和尚(じっちゅうかしょう)の前に兜率天から八天が舞うように降臨してきたそうです。

その舞う様を表現したものが「達陀」であると云われています。

八天の加持を表現するために、水天のごとく礼堂にお香水を蒔いたり、火天のごとく火粉を蒔いたりします。

こうすることで、八天の加護を得ることができます。

また、咒師が発する「はった(発咤)」とは、インドのサンスクリット語で「物事の終わり」を意味し、「だったん」とは、後述しますが、「焼き尽くされる」の意味合いがあります。

だったん帽子いただかせ

3月15日の9時~15時には「だったん」行事で使われた「金襴(きんらん)の帽子」を幼児に被せる儀式「だったん帽子いただかせ」が執り行われます。

子供がこの帽子を被ると、以下のようなご利益(効果)があるとされています。

  • 除災
  • 聡明
  • 健康

この儀式には、親子連れがたくさん訪れます。

 「だったん」って何?「だったんの意味と由来」について

だったん」とは、聞きなれない言葉ですが、語源はインドのサンスクリット語になります。

この「だったん」は、「仏教・三大仏典経典」の1つ 「パーリ経典」に記述されている「パーリ語」の「ダッタ(焼き尽くす)もしくは(滅する)」という言葉が元になっています。

そして、東大寺の修二会における「達陀(だつたん)」とは、「火の行法」のことです。

この「だったん」の儀式ですが、仏教の儀式とは少しかけ離れたものが感じられるため、一説によると中国の韃靼国(だったんこく)から伝来した儀式だとも考えられています。

「達陀」の見どころ

勢いよく火の粉が飛び散る場面が、一番の盛り上がりところであり、歓声が「ドッ」と湧き立つ瞬間でもあります。

「陀羅尼」と「牛玉札」

その他の見どころとして、あまり知られていないのが「陀羅尼(だらに)」と「牛玉札(ごおうふだ)」です。

達陀の最中、練行衆が「香水」と「牛黄(ごおう/=漢方薬)」を混ぜ合わせて墨汁を作り、この墨を用いて「陀羅尼と牛玉札」が作成されます。

実は、この「陀羅尼と牛玉札」は、行が終わった後、皇室に献上されるほどのものでもあります。

【補足】実は「お香水」には種類があった?!!

12日の「お水取り」の儀式で井戸から汲み上げられたお水は、以下の2種類に分類されます。

  • 「根本香水」
  • 「次第香水」

「根本香水」

須弥壇(しゅみだん/本尊を安置している場所)の下の石敷きに、「根本香水」用の「甕(かめ)」が埋め込まれており、これに1年後(1年毎)のお水取りの「お香水」を継ぎ足します。

これは「奈良時代の天平勝宝年」から、継続して継ぎ足され続けているそうです。

「次第香水」

「根本香水」同様に、「次第香水」を入れるための専用の「甕(かめ)」が、須弥壇の下にいくつか埋め込まれています。

お水が少なくなった「次第香水の甕」は、別の「甕」に移し、空にしていきます。

そして、お水取りの行事を迎える日までに、空になった「甕」を掃除をしておき、お水取りでくみ上げられた新しいお香水が入れられるのを待つのです。

この掃除はお水取りの前日である11日に行われ、この時、「甕(かめ)」から汲み出された水は、「二月堂の湯屋」へ注ぎ入れられ、お水取りの際に参拝者の方へも授与されます。

お香水には種類があった?!!さらに、次第香水は、修二会が終わった後の3月18日に行われる二月堂の「寺役法要」にて、堂司の役により、再び汲み出され、参拝者へ授与されます。

参拝者へ授与しているお香水

一般の参拝者へ授与している「次第香水」は、量に限りがあります。したがって、多くの参拝者に授与するため、二月堂の湯屋の井戸水を少し混ぜた「次第香水」が一般の参拝者へ授与されています。

お香水は腐らないの?

このお香水は、御本尊の御霊がお宿りしている「霊水」なので、腐ることはないそうです。

お香水の授与される場所

  • 二月堂受納所
お香水のご利益(効果)

汲み上げたお香水は、「万病に効果」があると言われています。薬があっても、高価で買うことができなかった時代、病気の者がこのお香水を飲み、たちまちのうちに健康を取り戻したことから、古来、お香水には、健康増進・病気平癒のご利益があるという信仰が伝わっているようです。

お水取り以外で、お香水が授与される行事

このお香水は、12日深夜のお水取りの後以外に、二月堂の行事「走りの行」の後にも、一般の参拝者に2、3滴ずつ授与されています。

「走りの行」の後にお香水が授与される日・時間
  • 3月6日:22時頃
  • 3月7日:22時頃
  • 3月13日:23時頃
  • 3月14日:22時頃

※時間は前後する場合があります。

修二会は密教と神道が混在した法要

修二会は以下のような修法が執り行われることから、密教の要素を色濃くもった法要とも言えます。

  • 「咒師(しゅし)」をたてて呪文を唱える。
  • 道場を浄化する洒水(しゃすい)を行い龍王を降臨させる。
  • 道場に結界を張り巡らせて護法善神に守護を祈願する。

さらに二月堂を守護する鎮守社(境内の3神社:飯道社・遠敷社・興成社)に練行衆が参拝する法要(惣神所)もあるため、「神祇信仰(じんぎしんこう)」いわゆる「古神道(こしんとう)」といった「神道との密接な結びつきがある法要」でもあります。

つまり、法要を通り越した神仏習合の「壮大な一大儀式」と言えます。

「修二会の目的」と「修二会の創始者」

ところで・・修二会を一番始めに開始した人物は誰??

修二会の創始者は「実忠(じっちゅう)」と言う東大寺の高僧です。

上述した通り、修二会は752年(天平勝宝4年/奈良時代)の2月1日から14日間の日程でここ東大寺・二月堂で初めて営まれています。

以降、平成の現代まで1度たりとも中断されることはなく続けられています。

「実忠(じっちゅう)」とは?

実忠という僧侶は、一般的には「良弁(ろうべん)」という高僧の弟子にあたる僧侶だと言われています。

良弁に関しては当サイトのいくつかのページでご紹介しておりますが、東大寺の初代住職であり東大寺の開山した高僧でもあります。

実は東大寺の修二会は仏教的目線から見ると、仏教の法会というよりは民族的な儀式のようであるとも云われています。

では、そもそもなぜ修二会が開始されることになったのでしょうか?

修二会が開かれる2つの理由(目的)とは?

 1つ目の理由

この東大寺大仏殿や盧遮那仏(るしゃなぶつ)は、多くの人々の助けで造立されました。

しかしそれと同時に、この大事業の間には、多くの人々が命を落としています。

そこで始められた、東大寺の大仏の造立に関わった人々と、造立の際に命を落とした人々の成仏と遺徳に感謝の意を捧げる法会が、修二会であると云われています。

 2つ目の理由

もう1つの理由に関しては、二月堂にて執り行われる84回にも及ぶ、「懺悔(ざんげ)」の法要から汲み取ることができると云われています。

修二会期間中は、この二月堂では毎日、「十一面懺過(じゅういちめんけか)」、通称「六時の行法」と呼称される法要が、1日に合計6回も執り行われています。

十一面懺過とは、その名前から察することができるように、二月堂の御本尊・「十一面観世音菩薩」の前でお祈りを捧げ、これまでの行いを悔い改め「懺悔」することです。

つまり、十一面観世音菩薩に対して、大仏造立に関わった人々への感謝の意を示した一方で懺悔も行い、国民すべての諸願が聞き届けられるように祈願するということなります。

そして、この懺悔こそが、実は二月堂で修二会が開かれることとなった最大の理由に紐づくものでもあります。


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東大寺・二月堂で修二会が執り行われるようになった真の理由とは?

上述では「懺悔」のことをチラホラとお話しましたが、この懺悔こそが二月堂で修二会が執り行われてきた最大の理由であると云われています。

実は、この東大寺の創建に貢献した高僧がもう1人いた事実はあまり知られていません。

そしてこの高僧に対して懺悔して、悔い改めることこそが、実は修二会が営まれる最大の目的であったとも云われています。

この高僧の名前、誰だかお分かりになりますでしょうか?

この高僧の名前は「親王禅師」といい、つまりは皇族が出家した僧侶ということになります。

この高僧は皇族の血を利用して、様々な利害関係から東大寺造営の進行を守り、東大寺完成に導いた功労者でもあります。

また皇族の血に甘えることなく、親王禅師という地位を活かして上述した良弁と対等な立場で東大寺の造営に関しての意見を重ね合い、また、実忠も親王禅師を慕って弟子のように接していたと伝えられています。

後に良弁は親王禅師の器量を認め、「自らの後継者として東大寺の住職になって欲しい」とまで告げた云われており、このことは東大寺に伝わる古文書「東大寺要録」に記されています。

しかしその後、順風満帆には立ち行かず、親王禅師も皇族であるが故に王位継承争いに巻き込まれることになります。

つまり、僧侶という立場から狩り出され、再び皇族(皇子)として王位継承者の地位に就くことになったのです。

その後、皇子となった親王禅師もやはり権力者争いに巻き込まれてしまい、挙句、陰謀によって謀反の罪をきせられてしまい、処刑されてしまいます。(7日間水と食事抜き=餓死の刑)

ちなみに、この親王禅師とは後世では祟神(たたりがみ)として恐れられ、祟りの力で天変地異を巻き起こし、長岡京を滅ぼしたとも伝えられる「早良親王(さわらしんのう)」のことです。

後の世では、早良親王の祟りを鎮めるために国を挙げて「鎮魂の儀式」が幾度となく執り行われています。つまりはこの早良親王(親王禅師)を鎮めるための儀式こそが、この修二会ではないか?・・とも云われております。

ちなみに、この修二会、2019年度で何回目かお分かりになりますか?

なんとなんと!!!

2019年度で1268回目を迎えます。

東大寺・二月堂の修二会(お水取り)には名物の「椿」がある!?

東大寺の修二会の本行に入る前の2月23日、東大寺では「花ごしらえ」が行われます。

これは、練行衆を始めとする東大寺の僧侶らが別火坊に集い、修二会の期間中に二月堂のご本尊「十一面観音像」に供える椿の造花を作る行事です。

長さ5cmほどの木の棒の周りに、椿のおしべとなる黄色の紙を巻き付け、赤と白の紙を糊で貼り付けて、花びらとします。

たくさん作られたこの造花は、本物の椿の枝に付けられて、二月堂の内部を飾ることになります。

造花の椿のモデルは開山堂の椿

ところで、この椿の造花は、二月堂の下の開山堂前にある椿の花を模しています。

開山堂前の椿は、赤い花に白い斑点模様が入っており、この白い斑点が、僧侶が造花を作る際に糊をこぼしてしまったようだということで、「糊こぼし」という通称で親しまれています。

また、開山の良弁にちなんで「良弁椿」とも呼ばれています。

東大寺・修二会(お水取り)の椿グッズもある!?

東大寺二月堂では、この造花の椿をモチーフにしたお守り「良弁椿糊こぼし」が授与(販売)されています。

また、大仏殿では、タレントの篠原ともえ氏デザインのオリジナル御朱印帳が授与(販売)されており、こちらにもお水取りの椿が描かれています。

さらに、奈良の和菓子店では、東大寺・修二会の椿の造花にちなんだ、紅白の花びらの椿の和菓子が販売されます。

製造方法や商品名はお店によって異なりますが、練り切りの花びらに黄身餡のおしべという組み合わせが主流で、多くは2月から修二会が終わる3月中旬までの期間限定で販売されています。

【補足】誰も知らない「お水取り」が東京の東大寺であるぅ??

実は、あまり知られていないのですが、東大寺には「誰も知らないお水取り」というイベントがあります。

これは例年、東京・日本橋にある「奈良まほろば館」で行われています。

【補足】誰も知らない「裏・お水取り」があるって知ってた?

誰も知らない「お水取り」の内容

「誰も知らないお水取り」は、東大寺の歴史や見どころの紹介をしています。

他に、東大寺のお水取り起源、行法(作法)などの紹介や、お水取りに関しての話を聞くことができます。

大々的に宣伝もなく、ひっそりと開催されていますので、これが「誰も知らないお水取り」の名称の由来といったことかもしれません。

※奈良まほろば館での東大寺「お水取り」に関するイベントや講座は毎年開催されていますが、タイトルや日程は変更になっている場合があります。

誰も知らない「お水取り」の日程(開催されている期間)

  • 例年12月下旬〜1月中旬まで開催。

奈良まほろば館へのお問い合わせ先

住所:東京都中央区日本橋室町1丁目6-2 日本橋室町162ビル1F・2F
電話番号:03-3516-3931
営業時間:10時30分~19時00分
定休日:12月31日~1月3日

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