奈良 東大寺 法華堂(三月堂)・執金剛神立像【国宝】

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奈良 東大寺 法華堂(三月堂)・執金剛神立像【国宝】

奈良 東大寺 法華堂(三月堂)・執金剛神立像【国宝】↑執金剛神(写真/画像)

像高

  • 170.4cm
  • 台座から:173.0cm
素材・造り

  • 塑像(塑造/ねんど)
造立年

  • 710年から794年(奈良時代)
発願者

  • 良弁(東大寺初代住職)
安置場所

  • 東大寺法華堂(三月堂)

東大寺 法華堂(三月堂)・執金剛神立像の読み方

東大寺の境内には難しい漢字の表記で読みにく名前の仏像や堂舎がありますが、執金剛神立像は「しゅこんごうしん りゅうぞう」と読みます。

ところで・・「執金剛神」とは?


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日本でもっとも一般的に広く知られている有名な仏像に「仁王像」、つまり「金剛力士像」があります。

この仁王さまと執金剛神とは同じ仏様(神様)です。

「1尊で表すと執金剛神」となり「2尊だと金剛力士(仁王像)」と呼ばれます。

本来は、お釈迦さまを守護するための単一の仏様でしたが、寺院の境内を守護するために門の両脇に配されることが多くなり、いつの頃からか2尊で1尊(セット)と見られるようになりました。

寺院の境内では門の入口を挟み込む形で左右にドッシリと立ちはばかり、立ち入る者を見ています。

まさに「寺院の守り神」という役割を担っていると言えます。

そんなことから参拝者の目に触れる機会が多く、2体の金剛力士像がメジャーになったようです。

これらの神はギリシャ神話のヘラクレスを起源とし、アジア地域へ伝来したと考えられています。

執金剛神像の特徴・見どころ

執金剛神像は、本尊「不空羂索観音」の後ろに安置され、毎年12月16日のみ、見ることのできる秘仏です。

長年秘仏だったため、彩色が残っている部分も多く、本来の姿を想像できます。手に持っているのは、金剛杵です。

黒目部分には、「鉛ガラス材」が使われています。

東大寺を開創した僧、「良弁(ろうべん)」が出家する前、この執金剛神像の足の脛(すね/くるぶしから膝の間)に縄をつけて日々修行をしていたところ、なんと!突然、縄を結んでいた脛から光が出て、天皇が御座する宮中まで届いたそうです。

天皇はこの光の発光源を調べさせたところ、良弁のもとにたどり着き、これがもとで良弁は天皇に出家の許可を与えられたという説話が残っています。

このように、執金剛神像は「良弁ゆかりの像」とされ、開扉日は「開山忌(寺を開いた良弁の命日)」と決められています。

また、平将門の乱(940年頃)の際、執金剛神像の髪を束ねた元結(髪を束ねる紐)が大きなハチとなって飛び立ち、将門を刺して乱を治めたという伝説もあります。

従ってこの像の元結の一部は欠損しているということですが、後ろ側は見えにくいため、現地で確認するのは難しいかもしれません。

東大寺 法華堂(三月堂)「執金剛神像」の一般公開の日程

この執金剛神像は普段は秘仏となり、一般の参拝者は見ることは叶いませんが、毎年12月16日だけは「法華堂の側面と後ろ側」に立ち入ることができ、堂内に安置された仏像を見ることができます。

執金剛神像が見られるのはもちろんですが、通常公開されている像も、いつもとは違った角度から見られます。

また、後ろの方に立っている「広目天像」や「多聞天像」も、この日ばかりは間近に観察できます。

執金剛神像が秘仏である理由の1つとして保存にあります。

現在に至るまでに、他の仏像と同じく、常時、公開となっていれば現在にような彩色は現存していなかったでしょう。

一般公開されていなかったからこそ、堂内の温度条件が保たれ、彩色が現存していると考えることができます。

法華堂の拝観料金、拝観時間に関しては当サイトの以下↓の別ページにてご紹介しております。

東大寺 三月堂(法華堂)の「見どころ・拝観料金(入場料金)・見学所要時間・営業時間・アクセス(行き方)」

東大寺 法華堂(三月堂)の場所

東大寺 法華堂(三月堂)は二月堂の向かって右脇に位置します。

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