二月堂の舞台の建築様式(造り)と特徴を….知りたい❓

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二月堂の屋根は寄棟造り

二月堂を見る時は大抵、舞台と呼称される腰組の上の縁を下から見上げる形になりますので屋根の上までは見られないですが、二月堂の屋根は「寄棟造り(よせむねづくり)」と呼称される造りになります。

寄棟造りとは、屋根上の横木となる大棟を中心として、屋根が左右上下の方向へ垂れ下がる造りの屋根のことです。

二月堂最大の見どころは舞台の懸造り(舞台造り)

懸造りとは、別名で「崖造(がけづくり)」や「舞台造り」とも云われる建築技法の1つ。

崖などの自然が生み出した斜面をうまく利用して、斜面を背面として斜面に沿わす形で腰組を組み上げ、その上に床を設置する造りを指す。まさに人工の床。

腰組は肘木を巧みに用いる大仏様の意匠が見える。

他に舞台造りで有名なロケーションに京都・清水寺の舞台 があるが、当寺の舞台造りと二月堂の舞台造りとでは据え方の根本様式が異なる。

京都清水寺では重源上人が鎌倉時代に輸入してきた貫を多様するが、二月堂の舞台には前述のように手前に大仏様の様式が見える。

二月堂の舞台下の様子

二月堂の舞台の真下は下掲、写真のような木組みの台を層塔様式に積み上げる意匠を採る。これは清水寺の舞台とは大きく異なり、一線を画す。

⬆️二月堂舞台下(木柵内部)の木組み

懸造りとは❓

懸造りは日本独自の建築と云われており、これは大陸文化には見られないことから日本の山岳信仰から派生した造りの1つであるとも考えられています。

山は御神体として崇められる存在であり、また、江戸時代以前までは崖に仏様や神様を祀る祠(ほこら)が建っていたことから、たくさんの人々が遥拝(ようはい)するための足場として自然の流れで造られるようになったのが、この懸造りの起源であるとも云われます。

なお、この懸造りは、現代においても造られた経緯などが明らかされていない謎が多い造りとなります。

堂宇の建築様式

二月堂内の造りとしては、「中備(なかぞなえ)」が無い出組で総体的に組まれており、出組の突起部分は拳鼻になっています。舞台を含めた外陣部分の正面左右は吹き放ちにされています。

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また、出組の背面には「支輪 (しりん)」が配されおり、屋根の裏側の垂木は二重に垂木が重なった「二軒繁垂木(ふたのきしげたるき)」が平行に組まれた和様式です。

これらの垂木や支輪が堂舎が四辺に配されており、これら様式を見る限りでは東大寺境内の堂舎には見られない特徴です。

二月堂舞台の床は凸凹している

あまり目がいきませんが、二月堂舞台の床は凸凹になっています。

現代では一般的に「無垢材」や「無垢フローリング」と呼ばれるもので、現代において無垢フローリングを用いるのは、ややオシャレ感覚に傾向しますが、二月堂に用いられているのは、お松明のときに滑らない工夫とも捉えることができます。

二月堂の床に凹凸がある理由

実は二月堂の床に唐突がある理由は、お松明のときに滑らないような配慮などではなく、なんと!単純にスリ減ったからだそうです。例年の修二会のときに練行衆がこの舞台の上を走破したり、度重なる参拝客を出迎えて摩耗したのが原因に挙げられます。

浮き出ている部分は、ヒノキの無垢材を使用していることから摩耗して枝を切り落とした節だけが浮き出て見えるというわけです。

東西の登廊と石階段

⬆️二月堂「登廊」
⬆️二月堂「石階段」

舞台に上がるために二月の堂舎を向かい見て左右には傾斜を登るための階段が設置されています。

この階段を登るにつれて、奈良盆地、いわゆる奈良市街の美しい景色が見えてきます。

登廊と逆の登り口となる石階段の石段をよく見ると「唐草模様」や「亀の甲らのような六角形」「波模様」などの文様が刻まれていることが分かります。

階段の「唐草」や「亀甲」などの模様

この不思議な文様は一説には、階段を降りる際に転ぶことのないように彫られたものだとも云われておりますが、実際は少し異なり、なんと!二月堂の御本尊である観音様が海から亀の背に乗って渡ってきたという伝承を表現した文様になるようです。

二月堂の周囲の建造物

この二月堂は、もともと「修二会」を行うために造営された建造物であり、二月堂の周囲には修二会を行う際に使用される建造物群も立ち並んでいます。

閼伽井屋(あかいや)」「参籠所(さんろうしょ)」「仏餉屋(ぶっしょうのや)」と、呼称される建造物があり、いずれも重要文化財指定の鎌倉期の建築による建造物になります。

閼伽井屋

「閼伽井屋」の中には井戸があり、この井戸の中の水を特別な意味合いで「お香水」と呼ばれています。修二会のときに御本尊である十一面観音にこの閼伽井屋のお香水が供えられます。

3月12日の夜中(翌13日未明)に執り行われる「お水取り」が有名です。

参籠所

「参籠所」は、修二会に参加する練行衆が籠もって生活をする場所の1つです。修二会は不退の行法として知られる神聖な行事があるが故に、身の潔斎についても厳しい戒めがあります。

仏餉屋

「仏餉屋」は、御本尊にお供えする料理を調理する場所です。

二月堂の境内全体図

画像引用先:朝日新聞「東大寺お水取り」

二月堂内へ入るには舞台を向かい見て右側の石階段か、左側の「登廊」と呼称される屋根付きの廊下を上がっていきます。

もしくは三月堂(法華堂)裏手の山伝いにある「不動堂」から続く参道を通っても二月堂の舞台へ行くことができます。

修二会の時期が近づくと二月堂の入口となる石段上には二重に注連縄が張られていますが、喪に服している人はこちらから登ってはいけないことになっています。これは東大寺の住職(管長)であっても絶対に許されない、古来、二月堂に踏襲される決まりごとのようです。

なお、二月堂には「二月堂物忌み令」という決まりごとがありますが、この中の1つに修二会期間中に身内に不幸があって葬式に参列した場合は、3日間、二月堂に近づいてはならないという厳格な決まりまであるようです。

二月堂内の構造と配置図

二月堂の堂内の配置図は下記で示す通りです。

画像引用先:朝日新聞「東大寺お水取り」

内陣

内陣は「ないじん」と読みます。

内陣は四方3間(約6m)あり中央には「須弥壇(しゅみだん=仏壇)」があります。ご本尊である十一面観音の懸仏(かけぼとけ)が安置されています。

ちなみにこの須弥壇には、「サイズが大きい十一面観音(大観音)」と「小さい十一面観音(小観音)」が2体、祭祀されています。いずれも絶対秘仏です。男性は内陣までしか立ち入ることができないとされています。

外陣

外陣は「げじん」と読みます。内陣を取り巻くようにして外陣という一種の部屋が設けられています。この部屋は7つほど存在し、内陣を取り囲むように配されています。

礼堂

礼堂は「らいどう」と読みます。ちょうど「内陣」と「局」の間に位置する部屋です。ここでご本尊に祈りを捧げます。

局は「つぼね」と読みます。局は東西南北にあります。礼堂と外陣を囲むようにして局が造営されています。一般の参拝客が参籠(さんろう/祈願する場所)する場所でもあります。お水取りの仕来りにおいては、危険が伴うため女性はこの局までしか立ち入ることができないとされています。

勧進の間・例時の間

北の局と西の局の間には「勧進の間」、南の局と西の局の間には「例時の間」という2つの間があります。

「局」に含まれても良いのですが、何故か個々に名前が付されています。

大床

西側の局の外側には大きな舞台となる大床が広がっています。ちなみに二月堂を正面から見た方向が西側になります。

手水

堂舎の北と南に手水舎があります。

鎮守社

二月堂を守護する鎮守社(神社)が二月堂の東側に2つ、西側(舞台の方角)に1つあります。

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